武士道とお香
前回、武士道と仏陀の教えが、同じであると書きました。それは武士道が、仏教と同じ、心をコントロールする手段だからです。それで武士道は、【剣から生まれた宗教】とも言えます。さて、仏教では仏のために線香を焚きますが、武士は自分のために、線香を焚きます。線香については、次のような教えがあります。
むかし二人の若者が、お寺を建て、仏陀を迎えて教えを聞きたいと願いながら、線香を焚きました。その線香の煙が、風に吹かれ、遠く離れた仏陀のもとに届きました。そして、仏陀の頭上を、日傘のように覆いました。仏陀は、これを見て二人の信仰心の深さを知り、お寺に来られました。そして、燃え尽きた、線香を指さし、若者たちに次のような教えを授けました。
『線香は、わずかの間に燃え尽きて、後には灰が残るだけである。しかし、その香りは、この寺に染みついて充満している。人生も、線香と同じように短い。生きている間に良いことをしなければ、後には無残な灰しか残らない。良いことをすれば、線香の香りのように、いつまでも人々の心に残るであろう。』
この仏陀の教えを心に置き、武士は毎日、線香を焚くのです。そして、線香の香りのような【崇高】な人生を、心に誓い続けたのでした。そこに【武士道の神髄】があります。武士は強さでなく、その生き方が、人々の尊敬を受けたのです。
現代でも、武士道の教えは、線香の香りのように、わずかに残っています。しかしそれは、真剣に幸福を求める人だけが、知ることができるものなのです。
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